静岡地方裁判所 昭和63年(ワ)296号 判決 1992年6月29日
原告
池田浩一
被告
飯田義典
主文
一 原告の被告に対する別紙目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務は、金一八三万五九六六円及び内金一六六万五九六六円に対する昭和六二年二月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を越えては存在しないことを確認する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 原告は、被告に対し、金一八三万五九六六円及び内金一六六万五九六六円に対する昭和六二年二月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、本訴反訴ともにこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
六 この判決第三項及び第五項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴請求
被告は、原告に対し、別紙目録記載の交通事故に基づき、原告が被告に対し支払うべき損害賠償債務は存在しないことを確認する。
二 反訴請求
原告は、被告に対し、金三五二九万四五五〇円及び内金三三七九万四五五〇円に対する昭和六二年二月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実など
別紙目録記載の交通事故が発生し、被告(昭和一九年一二月一日生)は、右事故により、頚部捻挫等の傷害を負い、事故発生日に、桜ケ丘総合病院の診察治療を受け、昭和六二年二月二三日に小高整形外科で診察を受けた後、翌日から同年四月八日まで同外科に入院し、同日から同年四月一五日まで山田医院に入院、その後、同年七月一三日までの間に六五日間同医院に通院、同月上旬中村耳鼻科に一日通院、同月六日から同年一二月三一日までワタナベ医院に通院して治療を受けた。原告は、同日までに被告は治癒ないし症状固定したと主張するが、被告は、その後も同医院において通院治療を続け、平成元年一月一三日までの通院費用及び慰謝料と等級九級の後遺症を残したとして後遺症逸失利益二六九〇万七九八二円及び後遺症慰謝料二〇〇万円等の損害を主張している。
二 争点
被告の損害額、特に被告の症状固定時期、後遺症の有無及びこれに基づく逸失利益及び慰謝料額
第三判断
一 被告の症状固定時期と後遺症の有無・程度(被告、甲一、二の一、二、四の一ないし一五、五の一ないし二六、六の一ないし八、七の一ないし一〇、九、乙四、田島寶鑑定)
1 被告は、本件事故の当日、意識が朦朧として、桜ケ丘総合病院で受診したが、気分が悪い状態が続いたため、翌々日には、小高整形外科の診察を受け、その翌日入院した。同医院の初診時においては、頚部痛、頭痛、耳鳴りなどの頚椎損傷に起因すると思われる症状を訴えてきたが、他覚的所見としては、スパークリング・ジヤクソンテスト陽性、頚椎の生理的前湾の減少等があるのみで、骨折、脱きゆうなどの特段の異常は認められなかつた。
しかし、その後、昭和六二年三月一八日、小高医院で前記症状より「バレーリユー症候群の疑い」と診断された。同症候群は、頚部の交感神経叢の刺激によるとされるものであり、諸検査に特段の他覚的所見がみられず心因的な反応が強いとしても、本件では事故との因果関係を否定することはできない。
2 その後も、被告は、頭痛、耳鳴りなどを訴えて、山田医院、中村耳鼻科、ワタナベ医院と転医し頻繁に通院して治療を受け続けたものの、山田医院退院時には少し軽快したにすぎず、その症状は特別に軽快することもなく一進一退を繰り返し、やがて同年一二月ころには慢性化の傾向をみせるようになつてきた。その後、被告は、昭和六三年一月から危険な高所作業などの仕事を始めたが、頻繁に治療を継続した。被告の症状の推移を観察してきたワタナベ医院の院長は、一度は昭和六二年一二月三一日を症状固定見込み時期としたが、被告の治療継続の希望もあつて、昭和六四年一月六日症状固定と判断した。
なお、ワタナベ医院の治療費用は、昭和六三年一月一〇日まで保険会社から支払われている。
3 以上の認定事実からみれば、原告主張の昭和六二年一二月三一日から昭和六三年一月一〇日をもつて、症状固定時期と認めるのが相当であり、その後の被告の治療は、症状固定後の後遺症の治療と認めるのが妥当である。
4 被告は、右後遺症は、自賠責等級表九級に該当すると主張し、田島鑑定も平成三年三月二五日、被告には頑固な頭痛、耳鳴り、右肩関節の拘縮、右上肢の握力低下、後頚部の緊張感の残存を認め、これらの症状は、頚椎損傷に起因するバレーリユー症候群の部分症状と判断し、同じく九級に該当すると認定する。
しかし、被告は、昭和六三年一月から平成二年四月まで事故前と同種の仕事に就き、腕が痛むためなどのため以前よりは苦痛ではあつたがJRの架線の修理、補修を行い、しばらく失業した後は同年一二月から送電線の架設工事を行つており、後遺症は残存しているものの服することができる労務が相当程度に制限される障害に該当しないことは明らかである。同表一二級一二号の局部に頑固な神経症状を残すものとみるのが相当である。
5 もつとも、鑑定時の後遺症は、症状固定時の症状より悪化しており、これは被告の仕事の再開によるものと前記心因的な反応に基づく要因を否定できず、本件事故との相当因果関係は認められるが、このような場合原告に被告の全損害を負担させることは、公平の理念に照らし相当でない。したがつて、被告に生じた損害のうち、七割を原告に負担させるのが相当である。
二 損害額
1 治療関係費
事故当日から昭和六三年一月一〇日までの治療費(争いない) 二〇〇万九九七〇円
さらに、その後、被告は昭和六四年一月六日まで治療費用一万九三四〇円を支出したことが認められる(乙一の一ないし四五、二の一ないし六六、三の一ないし三五)が、症状固定時期以後の支出でもあり、本件では損害額として認めるのは相当でない。
2 入院雑費 六万二四〇〇円
一日当たり一二〇〇円が相当であるから、入院期間五二日間(争いない)分で六万二四〇〇円が相当である。
3 通院交通費 一二万〇五四〇円
被告は、平成元年一月一三日まで二六九日通院したが、前記症状固定時までは一二三日であり、一回当たり九八〇円支出したことが認められる(被告)。
4 眼鏡代等(争いない) 七万三〇〇〇円
5 文書料(争いない) 五〇〇円
6 休業損害
昭和六二年分(争いない) 四三九万六〇〇〇円
なお、被告は昭和六三年一月二三日以降平成元年一月一三日までの一四六日間通院のため休業したのでその損害金として一日当たり一万四〇〇〇円として二〇四万四〇〇〇円請求している。しかし、これは、症状固定時期以後の休業であり、後遺症逸失利益として算定すれば足り、全額を損害額とすることは妥当ではない。
7 後遺症逸失利益 二六〇万一九九七円
被告は、鉄道の架線修理や送電線の架設工事などの仕事に従事するいわゆるスカイワーカーで高所の作業に従事する日給での仕事が多く、前記後遺症の程度からみて、その労働能力は症状固定時から五年間にわたつて一四パーセント喪失したと認めるのが相当である。
したがつて、事故前年度の年収四二九万三三〇〇円を基礎にして、ライプニツツ方式により中間利息を控除して(係数四・三二九)逸失利益を算出した二六〇万一九九七円が相当である。
8 慰謝料(入通院慰謝料として二五〇万円、後遺症慰謝料として二〇〇万円請求) 二五〇万〇〇〇〇円
被告の入通院期間、受傷の程度及び後遺症の程度、特に、被告が右腕をかばつて作業に従事せざるをえなかつたため、左腕まで傷害を受けるにいたつた(被告)ことなどからみて、慰謝料額は二五〇万円が相当である。
三 原告の負担部分
以上によれば、本件事故により被告の受けた損害は、一一七六万四四〇七円となるが、このうち、原告の負担部分は、前記のとおりその七割であるから、その額は八二三万五〇八四円となる。
四 損害填補額(甲一〇) 六五六万九一一八円
五 弁護士費用(一五〇万円請求) 一七万〇〇〇〇円
弁護士費用相当の損害額としては、一七万円と認めるのが相当である。
六 右認容の限度で当事者双方の請求を認めることとする。
(裁判官 安井省三)
目録
発生日時 昭和六二年二月二一日午後四時五〇分ころ
発生場所 静岡県清水市横砂一四六六―三先路上
加害車両 普通乗用自動車
右運転者 原告
被害車両 普通貨物自動車
右運転者 被告
事故態様 原告の前方不注視により、原告車両が被告車両に追突し、被告が頚部捻挫等の傷害を負つた。